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ジョン・ウィルキンソン

1728年 – 1808年7月14日)はイギリスの工場経営者。鋳鉄技術のパイオニアであり、産業革命時代に砲身や橋梁など多くの鋳鉄製品を製造した。砲身を製造するための中ぐり盤溶解炉を高温にして効率をあげるための送風機などを改良した。

高精度の鋳物や、銃器、大砲を作ることで知られた[2]。従来、大砲の砲身は中心に中子をいれて鋳造しその後、中ぐり盤で、内径を仕上げていたが、直接鋳塊にガンドリルで穴を開け、その後中ぐり盤で仕上げる工法などで精度を高め、発射時の砲身の破裂事故を減少させた[4]。鋳鉄製の大砲の製造に関する特許は独占を嫌う海軍の判断で継続できなかったが、大砲製造の主要メーカーとなった。

蒸気機関の実用化のためには、ピストンがシリンダの中を円滑に動き、隙間から蒸気の漏れを少なくする必要があり、ジェームズ・ワットも最初の数年間は、シリンダーの内径を叩いて修正するなどの試みを行ったが、よい形状をだすことはできなかった。1774年に、ウィルキンソンは片持ちで、切削の抵抗でたわんだり傾いたりする中ぐり盤の刃物軸を、軸の両端で支える中ぐり盤を開発し、この問題を解決し、蒸気機関やポンプなどに、この加工法の用途を広げることになった。

蒸気機関は、それまで鉱山からの排水ポンプが主な市場であったのに対して、ウィルキンソンはその用途を広げることにも貢献した。

経営者として、社員に評判がよく、新しい工場ができると社員と家族が住む住宅を作り、地域の教会などへの寄付も行った。義理の弟のプリーストリーの研究のために多くの支援を行った。1790年代には「鉄きちがい」(”iron madness”)と諷せられ、身近なすべてのものを鉄製のものにしていた。1808年に没し、棺や墓の飾りも鉄で造られた。

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2022年6月10日